女性にだらしない男が何故モテるのか?

だらしない男が何故モテるのか?

繁華街へ繰り出すと、ベロベロに酔っぱらって道ばたで寝転がっている男を女性が介抱している姿を見かけることがある。

お酒を飲んで酔っ払って道端で寝てしまうなんて、すごくだらしなくてどうしようもなく駄目な男のはずなのに「どうして女性はそんなだらしない男の面倒を見てしまうのか?」と疑問に思ってしまう。

またある時は「どうせ俺なんか死んでしまえばいいんだ」「どうせ私なんか居ないほうがいいんだわ」などと自暴自棄になってる人を「そんなことないよ」と、一生懸命親身になって慰めている人を見かけることがある。

そんな人を見るたびに「どうしてあんなに愚痴だらけの厄介な人を慰めたりするんだろう?」などと思ってしまう。

どうして彼らはあんなにもだらしなくて頼りないのに、そばにいてくれる異性が居るのだろうか?

だらしない男がモテる理由

無邪気で放っておけない存在?

その理由について考えてみると「子供みたいで無邪気だから」とか「母性本能をくすぐられるから」「心配で放っておけないから」という答えに落ち着く。

つまり、道路で寝てしまうほど酔っ払ってしまうのは、その男が子供みたいに無邪気で飲み過ぎてしまうというわけだ。

その後先を考えない無邪気な振る舞いに、女性は母性本能を刺激されてしまう。「心配で黙って放っておけない」「私が面倒を見なきゃ」と思うというのである。自暴自棄になっている人を放置できないのも同じ理由で、放っておけば何をするか分らないし、一人にするとどうなってしまうか分からない。

心配で放っておけないから「どうにか助けてあげたい」と思うようになる。そうしているうちにお互いが引かれ合い、カップルになってしまうなんていう話も、けして珍しいことではない。

無邪気に振る舞ってみた結果

後先を考えられないくらいに無邪気に振る舞えば、その危なっかしさや無邪気さが魅力的に見えて「ひとりにさせられない」などと思う女性が出てくるはずだ。モテるためには、無邪気な子供のように後先考えずに酔い潰れてしまったりすれば、きっと誰かが心配して介抱してくれるに違いない。

そうだ、それを試してみよう!

などということをモテない人は考えて、飲み会などで、さっそく実行してみたりする。

ベロベロに酔っ払って、だらしなく道に寝転がってみたり、店の中で酔いつぶれて起きないフリをしたりして一生懸命に無邪気さをアピールしてみる。

予定では、酔い潰れて寝ていれば、そのうち誰かが自分を介抱してくれるはずである。もしかしたら「大好きなあの人が介抱してくれるかも・・・」などと淡い期待を抱いたりする。

しかし、現実はそんなに甘くはない。
好きな人はあなたを介抱しに来たりはしない。

来くるのは同性の友達だったりする。
最悪の場合、友達さえ来ない。
放置されて終わりである。

多くの場合、周りの人間は冷めた目で見ながら「あんなの放っといてさっさと次へ行こうよ!」などと言っているか、あなたの事など、全く気にかけていないかのどちらかである。もちろんあなたが好きなあの人も同じである。

けして自由奔放に振る舞ってみたところでモテたりはしない。

自暴自棄で危うい人を演じてみた結果

またある時は「このままじゃダメになっちゃうよ」「もうどうしたらいいか分からない・・・」「俺なんかどうにでもなってしまえばいいんだ」などと言いながら、危うい雰囲気をの放っておけない人を演じてみたりする。

予定では好きな人が自分の側に来て「頑張りなよ。応援してるから」とか「私がついてるから!一緒に顔晴ろう!」というような優しい言葉をかけてもらえるはずだと考える。そして「理解してくれるのはお前だけだ・・・」と2人は急接近して、やがてそのまま恋に落ちるはず・・・という甘い展開を思い描いたりする。

しかし、げ実はそんなに甘くはない。
「愚痴ばかり言う人は嫌いなの」「勝手にすれば〜」などと言われて相手にしてくれなかったり、全く無視されて気が付けば1人ぼっちで愚痴る相手さえ居なくなってしまう。族に言われる「かまってちゃん」状態になり面倒なヤツだと思われるのが関の山である。

どうして同じように振る舞っているのに、あいつがモテて、自分がモテないのか?
どうしてこんなにも違った結果になってしまうのか?

無邪気さや危うい人を演じても無駄な理由

何故、無邪気さや危うい人を演じても無駄なのか?
どうして、街でよく見かけるような誰かが側にいて開放してくれたり、気にかけてくれる人が居るような状況にはならないのか?

その理由はすごく単純で当たり前のことである。
好きな人には優しくできるが、好きじゃ無い人のことはどうでもいいのである。

要するに介抱されたり、気にかけられるような人は少なからず好意を抱かれているあからである。あなたが放置されてしまうのは誰からも好かれていないからである。

酔い潰れて道に寝転んでしまうような人は非常にだらしないし、楽しいはずの時間に、愚痴しか言わなくて自暴自棄になってしまうような人は、楽しい空気を壊すだけの存在なので「そんなに嫌なら来なきゃいいのに」と思われるだけである。

だから、酔いつぶれて道路で寝転んだり、愚痴や後ろ向きなことしか言わないような面倒な人に対して優しくする人などは、基本的には居ないと思って間違いがない。

つまり、好きな人の気を引こうと、無邪気さを演じてみたり、だらしない人を装ってみたりなどの行為は全くの無駄なのである。相手があなたのそんな姿を見て、あきれたり、嫌いになることはあっても、好きになったり、心配したりするようなことは無いと思った方が良い。

実際、そんな人間に魅力などないし、できるだけ距離を置いて関わりたくない存在であるというのは普通に考えれば解るはずだ。

誰だって面倒は嫌いだし、楽しくないような人とは一緒に居たいとは思わない。だからそのような人は嫌われたり、放置されたりして当然なのである。

好きだから、酔っ払ってだらしなく路上に寝ていても介抱するし、どうしようもない愚痴も親身になって聞けるのである。

当然のことだが、その人の酔っ払ってだらしなくなった姿や、自暴自棄で愚痴を言ってる姿に魅力を感じているわけではない。そのずっと以前からその人の事を好きなのである。

逆に言えば、好きでもない人が酔っ払って道で寝ていようが、どんなに自暴自棄になっていようが、そんな事はどうでもいいのである。それこそ「勝手にすれば〜」と思うだけである。だから放置されるし、相手にもされない。それが普通なのである。

人というものは、好きな人のためなら、色々な事をしたいし、してあげたいと思う。しかし、好きでもない人に対しては、特別に何もしようとは思わないし、実際問題でどうでもよいと思っている。口には出さないが、それが本音だろう。

子供みたいに無邪気な人はモテる。
確かにモテル要素として無邪気さは一つの重要な要素かもしれない。

しかし、本当の意味での無邪気さとは、だらしなく酔っ払ったり、自暴自棄に振る舞うこととは全く違う。自分の気持に素直で感情表現が上手な人である。けして後先を考えないで騒ぎまくるような人ではない。くれぐれも無邪気さを勘違いして、まわりの人に迷惑をかけないようにしたいものである。

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